9月14日(日)「9月の法話と瞑想の会2025 輪廻」オンライン
英国アマラーワティー僧院のアチャン・ニャーナラトー師とオンラインでつながり、月例の「法話と瞑想の会」を開催します。
今回のテーマは「輪廻」です。
師のメッセージをお読みのうえ、テーマに関する思いや質問、師へのご挨拶などありましたら、申し込み時のアンケートにお書きください。
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アチャン・ニャーナラトー師からのメッセージ
「輪廻」
輪廻と聞いて何を思うのでしょうか。
輪廻転生という言葉もあります。
何かよく分からないけれど、怖い、恐ろしい、そんな印象を持つ人もあるでしょう。
一方、迷信や古臭いこと、非科学的なこと、と捉えられることも少なくないと思います。
輪廻(サンサーラSaṃsāra)とは生死が繰り返されることを意味し、伝統的には、その生死を実際の生死としてとらえ、過去生、現生、未来世というサイクルとして説かれます。
ただ、徒らに想像に巻き込まれ、時には不安、恐怖にとらわれてしまうこともあるかもしれません。
また、理屈、概念的な説明を求めるあまり、考えの中に戯れてしまっているだけということもありえます。
一方、このような伝統的な説き方ではなく、日々の生活の中で現れるものと解し、「生まれ変わり」とは心の過程であるととらえることもできます。
輪廻、生まれ変わりについての、ルアンポー・スメードー(アチャン・スメードー)師の言葉を引用しますと——
「輪廻とは、何かを求めそれに夢中になり(溺れ)、
そのことで、さらにまた欲望が生まれていくこと以外の何ものでもありません。
これは気づきのない心の繰り返すことです。」
「私は、輪廻について、心において観察できるものということでのみ興味があります。
過去世や来世について語ることもできますが、それはただ憶測での話をしていることになります。
教えにおいて強調されるのは、過去について憶測したり未来を想像したりするよりも、常に『いま、ここで』です。
仏陀が本当のところ何を説いておられたかを理解すると、輪廻などで言われるところの生まれ変わりとは、まさしく何ものかになる(バワ*の)過程であると分かります。つまり、心の過程ということです。
私たちは常に何ものかに『成って』いるのです。」
*バワBhawa [有(う)]輪廻の世界で何ものかに「成る」ことを指す。
輪廻には、このように、二つの捉え方があると言えますが、いずれにしても、いかに自分のこととして見るか、今ある生き方、あり方に生かしていくのか、ということはとても大切だと思います。
感情、考えに巻き込まれ、埋没してしまっているような時に、輪廻という視点は、広がりを持った立ち位置を取り戻すのを助けてくれると思います。
「比丘」という言葉はその意味合いとして「輪廻の危険を見る者」と説かれます。これは、修行する者の本質的なところを述べたものであり、それは僧俗ともに当てはまることのはずです。
輪廻をどう考え理解するのかは、生き方、学び、修行をどう捉えるのかということでもあります。苦と苦の滅(苦の無いこと)というとても重要なテーマに直結すると言えます。
問い、疑問、あるいは心配、恐怖も含めて、いろいろな思い、考え、さらには実感するところがあるかもしれませんが、そのあたりをコメント、メッセージとしていただければ、ありがたく思います。
皆さんからの言葉にふれながら、輪廻という重要なテーマについて考えて、正しく役に立つものとして学んでいける機会になればと願っています。
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日時
2024年9月14日(日)
15:30〜18:30 (途中休憩あり、最大延長19:00)
内容
法話、瞑想実践など
参加費 無料
・アクセスに必要なURLは、申込み受付のメールでお伝えします。
【重要】質問やメッセージを書かれる方へ、大切なお願い
・申し込み時の質問やメッセージを後から加筆修正したり、あらたに追加した方は、必ず事務局までご連絡ください。ご連絡がない場合は「こくちーず」のシステムの関係上、申し込み時の状態で師に伝わることがあります。
・参加の申込みは当日まで受付けていますが、質問(加筆修正も含む)はできれば開催日の3、4日前には記入されると、多忙な師が回答を吟味する時間が比較的持てます。質問をする方は、日にちに余裕を持って申込むことをお勧めします。
申込み、お問合わせ
https://kokc.jp/e/ee10c9f67cef166df7c59f17609e4798/3459808/
こくちーずプロ「ニャーナラトー師「9月の法話と瞑想の会2025 輪廻」」
当日の午前10時まで、申込みを受付けます(受付担当 森竹)
主催 「法話と瞑想の会」事務局 (受付担当 森竹)
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